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あるネパリ一家の家内事情(後編)

(このお話はこちらの続きです。)


実は、前記事で書いたアパートのオーナー一家のお話には、
もうちょっと続きがあります。

ネパールの家族たちが住んでいたアパートの新しいオーナーとなった弟家族たちは
前オーナー(以下「姉」)がコツコツと貯め遺した現金をもとに、
さっそく新オーナー(以下「オーナー」)はバイクを新しいものに買い換え、
息子たちにはデスクトップのパソコンを買い与えたのだそうです。
旦那が言うには、せっかくパソコンを買ったのにネット契約はしておらず、
息子たちは毎日ひたすらパソコンの中に入っているゲームで遊んでいるだけなので、
意味ないじゃーん!・・・らしい。(笑)

そんなオーナー家族にも不幸が訪れました。
オーナー自身の突然の病気です。
ある日突然倒れたのだそうで、しばらく病院に入院していたのですが、
無事に自宅に戻るも、片方の手足に障害が残ってしまったのだそうです。
自宅1階で細々と営んでいた印刷屋は、もちろん廃業。
てか、お姉さんが亡くなってからは、ほとんど仕事はしていなかったらしいのですが・・・。

お姉さんから受け継いだ家にはまだ借金がだいぶ残っているようだし、
息子たちもこれから学費だ何だとお金がかかります。
一家の大黒柱である(ハズの)オーナー自身は、廃業して無職の無収入。
僅かな家賃収入と、奥さんの仕立て屋の仕事だけでは、この先かなり厳しい。
お姉さんの遺したお金だって、いつかは底を突いてしまう。

・・・と考えたのか、前々からそのつもりだったのか、
はたまた、お姉さんの事故死の件で“いわく付き”の家となってしまったせいでかは分かりませんが、
この家を売ることに決めたのだそうです、それも格安で。
それがちょうど私たち夫婦がネパールに里帰りしているころで、
ウチの旦那やアマ(=お母さん)のところにも家の売却話を持ちかけてきました。
ネパールの家族には住み慣れた家なので、このままこの家を買っちゃおっか!とも思ったもですが、
とにかく古くて手直しにいくらかかるかも分からないし、
伝統的なネパール家屋なので、特にガイジンの私にはちょっと・・・と、
丁重にお断りさせていただきました。

先進大国の日本育ちの日本人な私、やっぱりネパリにはなれませ~ん。(泣)
ほぼタメルな場所なのにもかかわらず、めちゃめちゃ破格なお値段だったんですケドね~。

この「家売却」計画がまた安易なんですよ。
あんな格安なお値段で売っておいて、
カトマンドゥ郊外に小さな家を買って、残りは・・・なんて話をしてるんです。
いくら郊外とは言え、結構それなりにしますよ。
手数料などの諸経費だってかかりますし。
てか、そもそも家自体の借金も返したら、果たして「残り」なんてあるのかい?
と心配していたことが、まさに的中しちゃいました。

家を売って、明け渡したあと、
次の家が見つかるまで賃貸で部屋を借りて暮らしているらしいのですが、
もうそろそろ1年以上経っているであろう今だにその状態・・・らしいです。

・・・ちーん。(苦笑)


私が結婚するときにアマ(=お母さん)が作ってくれた赤いサリーと、
やはりアマがダサインのプレゼントとして旦那に持たせてくれたピンクのサリーは
ここのお宅のお姉さんが仕立ててくれたもの。
婚礼衣装はアマからサプライズでいただいたものだったし、
ダサインのプレゼントのときは私は日本にいたので、
一切採寸してないハズなのに、いつもなぜかサイズがピッタリ。
日本に帰ってリバウンドしたことも、お見通しだったワケ???
・・・さすがプロ!です。

その後、自分で日本のネット・ショップで買ったサリーは
旦那の里帰りに同行したときにわざわざネパールに持ち帰り、
ここのお宅のお嫁さんに仕立てを頼みました。
と、私の持っているサリーはすべてここで仕立てたもの。

このサリーたちを見るたびに、ちょっと切なくなります・・・。
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あるネパリ一家の家内事情(前編)

先日の記事(こちら参照)で我が家の名義について書いたのですが、
たぶん他人様から見れば「そんな名義ひとつで大袈裟な!そんなの誰だっていいじゃん。」なのでしょうが、
そうでもないんですよ、これが。

ネパールの身近であんなことがあっては、怖くて楽観視できません。
その、あんなこと、とは・・・

ネパールの家族たちは以前、ネパールのほぼタメルな地域にあるアパートに住んでいました。
アパートと言っても日本のような感じではなく、
一軒の家の空いている部屋を個別に貸すというものなので
オーナーをはじめ、それぞれ部屋を借りている家族間のプライバシーはあまりありません。
ドアを閉め切ったまま部屋に籠って暮らすのならば別でしょうが、
トイレや、シャワー(行水)兼洗濯場、物干し場(屋上)などは共有なので
ある程度みんなで協調してやっていかければならないし、
それぞれの様子を見れば各々の家族の暮らしぶりがおのずと分かってしまう感じです。


で、本題。
そのアパートのオーナー一家の話です。

オーナーは40歳代くらいの独身女性で、
アパートの家賃収入と、クルタ・スルワールやサリーなどの仕立てで生計を立てていました。
オーナーには同居の家族がいます。
実の弟と、その嫁、その子供2人の、5人家族です。
弟は当時、アパートの1階で小さな印刷屋さんを細々と営んでおり、
お嫁さんは家事と育児の傍ら、オーナーの仕立ての仕事を手伝っていました。

このアパート(ネパールの古い伝統的な家屋です)は
両親の遺した田舎の不動産を売り払って何年か前に購入し、姉弟で移り住んで来たのだそう。
家の名義は、男性である弟でもなく(ネパールは男性優位社会なので)、共同名義でもなく、
なぜかお姉さん(=オーナー)。
その頃に前記事で書いたような制度があったかどうかは知りません。

旦那のもとに足しげく通うどこの馬の骨とも分からないガイジンの私にも、とっても良くしてくれ、
私が日本に帰国する前日にはちょっとしたセレモニーまで開いてくれたほど。
カタ(お祝いや旅立ちなどのときに首にかけてくれるスカーフ)を掛けていただいた上に、
記念品(銀色の細工を施したフォト・フレーム)までいただいちゃいました。

と、一見私には、ネパールによくいる温か~い家族に見えたのですが、
実は中身はドロドロだったみたいなんです。
専業主婦でずっと家にいるウチのアマ(=お母さん)の証言によると・・・

オーナーが出かけていて不在の間、
家に残った弟夫婦はいつもごそごそと家中何かを探しているのだとか。
探しているのはどうやら、不動産の所有者を示す「証書」らしいのです。(←日本語で何て言うの?)
何のために探しているのか分かりませんが、な~んかヤな感じですよね~。

私の知っているネパールってのは、
治安がよろしくないせいか、かなりの「鍵」社会で、
玄関にも内側と外側と別々に鍵がガッツリ付けてあったりするし、
さらに、1部屋ごとにもしっかりとカギが付いているだけでなく、
家具の扉や引き出しごとにもカギが付いたりするので、
家を守る主婦はジャラジャラと束でカギを持っているほど。
トイレのドアの外側とかにも鍵が付いているお宅もフツーにありますよ。
なので、そんなに簡単には見つけられるハズがないと思うのですが・・・。
てか、結果、見つからなかったのですが。(笑)

そんなオーナーに不幸が訪れました。
ちょうど旦那が初めての里帰りをしていたとき、
オーナーが自宅の階段から滑り落ちてしまったそうなのです。
ちょうど旦那たちも部屋にいたので、ビックリして駆けつけたそうです。
何しろ古いネパール家屋なので、狭いし、天井は低いし、
木で作ってある階段は角がすり減っているのでとても滑りやすく、
特に階段を下りる時にはかなり注意が必要なんです。
たぶん、落ちるときには体のあちこちを強打したと思うのですが、
本人が「大丈夫!」と言うので上の階のオーナーの部屋まで、
オーナーの弟と旦那で体を支えながら連れて行ったのだそう。

翌日の朝、
オーナーは自室のベッドでそのまま亡くなっていたそうです。
旦那に話によると、その死に顔はとっても怖かったのだそう。
頭部も打っていたと思われるので、内出血か何かで顔色もグロかったのかもしれませんね。
ネパールの家族も、身近でこんなことがあってとてもご飯を作る気持ちになれなかったらしく、
(旅行先とか以外で)生まれて初めての外食に出かけたそうです。
(この初めての外食のエピソードもちょっと面白いので、また後日書きたいと思います。)
旦那も当時の電話で「ちゃんとお医者に見せに連れて行けば良かった・・・。」と
とても自分を責めていました。

が、当のオーナーの弟家族は・・・
オーナーが管理していたカギを元に、家中の大捜索が始まったのだそう。
弟夫婦だけならまだしも、2人の息子たちも一緒になって、ですよ。
息子たちはまだ小学校中学年と低学年くらいで、
やれ「お金が見つかった!」だの、「○○が見つかった!」だの、いちいち騒ぐので、
すべての状況が丸聞こえだったそうです。
でも、やっぱり探している「証書」は見つかりません。

それもそのハズ、
その大事な「証書」を持っていたのはウチのアマだったのですから・・・。(笑)
オーナーは生前、その「証書」をアマに預けていたそうなんです。
赤の他人であるアマに、ですよ。
昔からの友達でも、同郷でも、同民族でもない、ただのアパートの住人。
しかも、4・5年そこそこしか住んでいない田舎者のただの主婦に、ですよ。

アマが、オーナー不在時の弟夫婦の行動をそれとなくチクったのか、
それとも、オーナー自身が何となくそんな状況に感づいていたのかは分かりません。
事実は、オーナーが大事な「証書」をアマに託していたということ。

そんな中でちょっと笑えたのが、
託されていたアマ自身が、そのことをスッカリ忘れていた、ということ。(笑)
その事件からずいぶん経ってからそのことを思い出し、
オーナーの弟に直接キチンとお返ししたそうです。

てか、オーナーの弟も驚いたでしょうね。(苦笑)


(このお話はこちらに続きます。)

私の「クワティ」

何だかんだと時間がなくて、なかなかブログが書けません。
毎日ネタはたっぷりあるのにぃ・・・。(笑)


一昨日はネパールでは「ジャナイ・プルニマ」でしたね~。
昨年に続き(こちら参照)今年も作りましたよ、クワティ コ ジョル(=クワティのスープ)を。
今まで食べたクワティのスープは、ネパールではアマ(=お母さん)作、日本では旦那作で、
なんつーか・・・超マズイ。(笑)

でも基本的に豆類は大好きなので、なんとか克服したい!
それなら自分で作ってみよう!と、自分なりに見よう見まねで挑戦してみました。

ちなみに、アマと旦那が作るクワティは
水で丸1日戻したクワティを先に圧力鍋でシューシューと軟らかくしてから、
スパイスで味付けをするというものでした。
でも私は、先にスパイスで味付けをしてから圧力鍋にかけてみました。

クワティ
本当は前日の夜くらいから水に戻すと良いそうなのですが、
そんなことはコロッと忘れており、当日の朝、出勤前に慌ただしく準備。
帰宅したころには、こんな(↑)感じになってます。
いろんなお豆ちゃんが、とっても綺麗♪


クワティ
ネパールの我が家のクワティは豆のみなのですが、ちょっとアレンジしてジャガイモも足してみました。
「スープ」と言うより「おかず」にしたかったので。


クワティ
ターメリック、クミン、チリ、塩、すりおろしたショウガとニンニクを入れてよ~く炒め、
水を適量足します。
入れているスパイスはネパールの我が家と同じです。
よそのお宅ではホール状のスパイスやら何やらを豪華に入れるみたいですが、
ネパールの我が家の料理では普段これら(↑)しか使わないので、
これら以外のスパイスの使い方が分かりません。(泣)
で、蓋をして、シューシューと圧力をかけること15分。
火を止めたら自然に圧力を抜きます。


クワティ
できたクワティのスープはこんな感じ。
頑張って作ってくれているアマと旦那には悪いけど、
今までのクワティは、一口食べてオエェェェーッ!って感じだったのですが、
自分で作ったクワティはちゃんと味があって美味しかったですよ。(←どゆこと???)
ガッツリ完食しました♪


やっぱり、
ネパリ飯を美味しく食べたいのなら、自分で研究して作るしかないみたい。
いつかネパールに移住したあかつきには、
自分好みなネパリ飯を作るネパリを見つけて、美味しいネパリ飯の作り方を学ばねば!
大変申し訳ないけれど、アマの作るネパリ飯はちょっと・・・。(笑)

ネパールの我が家の名義

だいぶ前ですが、ちょっと気になるキーワードがあったので
我が家の場合のことをちょっと書いてみようと思います。

タイトルにもしましたが「ネパールの我が家の名義」について、です。

結論から先に言っちゃうと、
私たちがネパールのカトマンドゥに購入した家の名義はアマ(=お母さん)になってます。
そう、旦那のネパールのお母さん、私の義母です。
まぁ、こうなるにはいろいろありまして・・・。

この家は新築ではなく中古住宅なので
名義を前所有者の名前から私たちの名前に変更しなければなりません。
ネパールでは外国人が個人で不動産を所有することはできないのですが、
なぜかネパール人との共同名義なら可能なのだそう。
この件は私も情報として以前から知っていたので、
それなら、その中古住宅は旦那と私がお金を出し合って購入したものなので、
私はできれば旦那と私の共同名義にしてほしいと思っていました。

まぁ、お金のこともそうですが、
それ以上に外国に自分の名義(旦那と共同ではありますが)の不動産があるなんて
ちょっと素敵じゃないですかー。
な~んてミーハーな理由が大部分を占めていたり・・・。(笑)

・・・が、そう上手くはいきませんでした。
ネパールでの住宅購入手続きはのらりくらりと長引かされ、
旦那は手持ちのエア・チケット期限の関係で、
手続きのすべての作業を終える前に日本に戻らなければなりませんでした。
何しろ住宅購入なんて初めてのことなので、
このあと(旦那が日本に戻ったあと)どんな手続きや作業が待っているのか全く分かりません。
もしかしたら、名義人本人が直接出向かなければならないことがあるかもしれませんし、
名義人のサインがすぐに必要になるものが出てくるかもしれません。
そうなった場合、日本に住む旦那や私では無理。

となると、
ネパールにいる家族の誰かに「名義人」を託さなければなりません。
旦那を除いたネパールの家族と言ったら、
バー(=お父さん)、アマ(=お母さん)、バヒニ(=妹)の3人、だけ。

本来ならば、一家の家長であるバーになるのでしょうけれど、
我が家の場合はそれはダメ。
残念ながらウチのバーは、頼りなさ過ぎ。(←満場一致!)
バーはヒトが良すぎるので、悪いヤツにコロッと騙されて家丸ごと盗られかねません。
・・・いや、マジで。(笑)

それとは別に、名義変更をするのにもいくらかのお金がかかるそうなのですが、
その名義を女性にすると、そのいくらかの金額から大きなディスカウントがあるんですって。
(え~っと、そのディスカウントのパーセンテージは忘れちゃいましたが。)
なので、不動産の名義をあえて奥さんやお母さんなど
女性の名前にしているお宅はネパールではよくあることだったりします。
旦那一家が以前住んでいたアパートの名義も、女性(独身)でしたし。
(このお宅の件についてはちょっと面白いエピソードがあるので、後日書きたいと思います。)

そこで旦那が指名したのが、バヒニ。
バヒニはある程度イマドキの教育を受けているし、
若いので年老いた両親たちよりも、何かに付けてフットワークも軽く対処できる、ハズ。(笑)
今までしていたネパールへの仕送りの送金先もすべてバヒニ宛だったし、
今では銀行にもバヒニ名義の口座を持っているから信用もある、とこのと。

それには私が反対!
理由は、信用がおけないから。
これは今のバヒニではなくて、この先のバヒニに、です。
旦那や両親たちは、世間では立派な女性なお年頃なバヒニのことをいつまでも子供扱いしているし、
私が見る限り、たぶん同世代の女性よりもバヒニは精神的に子供だと思うんです。
が、この先は分かりませんよね?
女性って、特に何も知らない女性って、できたオトコによって変わるじゃないですか。
その辺(←分かりますよね?)を私は心配しているんです。
ごめんね~バヒニ、悪気はないんだよ~。

これにまったくの同意見だったのが、
住宅購入における一連の手続きにすべて付き合ってくれていた、ボス。
「いつかお嫁に行ってしまうバヒニに託しては、絶対にダメだ。」と。
さすが、人生においてまだまだ甘チャンな旦那と違いますよね~。

そしたらアマになっちゃったんです。(笑)

私的にも我が家で一番信用できるのは、ぶっちゃけアマ。
我が旦那よりも、カモ。
周りの話に流されることなく、いつも一番冷静で正しい判断をしてくれます。
そしてアマは大事なことは必ず旦那に相談するし、旦那は必ず私に相談するので、
その辺の密かな連携も安心の材料、だったり。

アマは当初、
「(家の名義を)こんなブリ・マンチェ(=年寄り)にしちゃっていいの?」と
おっかなびっくりな様子でしたが、今となってはまんざらでもないご様子。(笑)
私たちが不在な中、とってもとってもこの家を大事にしてくれています。
掃除だけでも毎日午前中いっぱいかけてやってくれている・・・とか。

それはそれで、非常に嬉しいし、ありがたいのだけれど、
嫁の私としてはプレッシャーになるので止めてください、おかーさーん。(笑)

エアコン様に振り回される

そうそう、
8月の始めに我が家にエアコン様がやってきました~。
これがまたなんと、設置完了まで約3日もかかったんです。

1日目はエアコン本体の取り付け。
2日目は電気工事。
安全のために配電盤から直接電源をとるらしいのですが
私たちの住んでいる離れの配電盤は向かいにある母屋にあるので、
電気工事屋さんの用意していた配線の距離が足らず、
とりあえず配線の段取りだけ確認して後日出直すことに・・・。
3日目でようやく電気工事完了。

どの工事も昼の11時からとか、3時からとか、
中途半端~な時間にやってくるので、それに立ち会う私はどこにも行けず、
せっかくの私の短い連休(夏休み)がエアコン工事で終わりました。(泣)

エアコンは「快眠」のために寝室に設置してもらったのですが、
やっぱいいですね~。
お肌がサラサラなまま気持ち良~く寝られるので、今ではホント快眠です♪

そう、これは今だからこそ!の快眠。
これまでには、この不慣れなエアコン様にはいろいろありました。(笑)

まず、
やっぱ冷房は冷える。
オススメ設定温度の28度に設定してあったのですが、
最初は「涼し~い♪」だったのですが、だんだん肌の表面が冷たくなってくる感じ。
かといって設定を29度に上げると、ちょっと物足りない気がするし。
・・・ビミョ~。
おかげで、エアコン設置直後に風邪をひきました。(チーン)

次に、
エアコン本体の表示が明る過ぎ!
デザイン的にはとってもお洒落な表示なんです。
白い本体にホワ~ンとさらに白く光る表示で、
一応「非表示」も選べるので非表示にしてはいるのですが、
ただ1つ、電源ONを示す表示だけは消えないんです。
表示的にはただの点なのですが、これがまた明る過ぎ。
部屋全体がぼんやり見渡せますもん。(笑)
私も旦那も夜はすべての明かりを消して部屋を真っ暗にしないと眠れないので、
正直これには参りました。
とりあえず、電源の表示の光る部分には紙がテープで貼り付けてあります。
エアコン様
               (↑旦那作)

さらに、
タイマーの設定時間が微妙。
早朝は涼しくなるので、寝る前にタイマーでOFFの時間を設定したいのですが、
その設定時間が、0.5、1、2、3、4、7(時間)だけなんです。
私たちは11時から寝る体制に入るので、
できれば5か6時間で設定したいのですが、それがないんですよね~。
てか、それだけがないんですよね~。
4時間だと足りないし、7時間だと朝方寒くて起きる感じ。
・・・使えねぇぇぇー!

トドメの一発がコレ(↓)。
何しろ我が家では初めてのエアコンなので、操作諸々がイマイチ分かってない旦那。
エアコンのタイマーがOFFになる深夜にふと起きてしまったとき、
再度寝るには暑すぎるので、またエアコンをONにしようとリモコンのボタンを押し、
かすかに運転音が聞こえてきたので旦那は安心してそのまま寝たそうです。
一方、そのあとに起きたのはこの私。
何だかもの凄く暑いッ!
きっと寝る前に設定したタイマーがOFFになっているからだと思いきや、
かすかに運転音が聞こえてるではありませんか。
本体の温度表示を「表示」に変えてみると、表示された設定温度は22℃。
いやいや、そんなワケはないでしょ・・・と、部屋の電気を点けて
リモコンの表示を見てみると、なんと「暖房」になってました。
翌日、旦那も「エアコンつけたのに、全然涼しくならないと思ってた・・・。」とほざいておりました。
この猛暑に暖房を入れるとは・・・、私を殺す気かぁぁぁー!(笑)


・・・と、
まぁ、すっかりエアコン様に振り回されてます。(笑)



【追記】
 もしや?と思ってエアコンの取説を開いて見てみたら・・・
 ありました、タイマーの時刻設定が。
 日本のメーカーの家電が、こんなに不便なワケないですよね~。
 お騒がせして、すみません。(汗)
プロフィール

ま~る

Author:ま~る
現在、ネパール(強制?)移住を目指しつつ、愛知県の片田舎にて楽しく出稼ぎ生活中。

私のこと、ネパリの旦那のこと、5匹の愛猫のこと、ネパールのこと・・・などなど、日々の生活をダラダラと綴って(垂れ流して?)おります。


旧ブログ「ネパリの嫁のヒトリゴト」はこちら、もっと過去の日記「アホ日記」はこちらです。
この「アホ日記」の中のネパール長期滞在日記には、ネパールでの婚姻手続きの様子が毎日(2003.8.4~2003.9.12参照)リアルに記録してあります。
ちなみにネパールでの婚姻手続きの書類などはこちらにあります。
ネパール人(カトマンドゥ出身)とネパール(カトマンドゥ限定)での婚姻を考えられている方、情報はかなり古いですがどうぞ参考にしてみてください。


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(2010.4.22)

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